生意気を持て余しているので

時間と生意気を持て余した女子大生の雑記ブログ。一番新しいものを除き、お気に入りの記事順に時系列バラバラで並べ替えてあります。

東京の夜の、お説教

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東京の夜が好きだった。

 

いつからだろう、そうだ、きっと、

人は一生一人で生きていかなくてはならないと悟った瞬間から、

あの東京の青みがかった夜の交差点や、誰もいない渋谷区東や、喫煙者の溜まり場になっている金王八幡宮が大好きだった。

 

渋谷のクラブで踊り狂って、六本木のクラブに深夜タクシーではしごするあの瞬間、

気が狂いそうなくらい、私は「東京の女」だった。

その瞬間が、狂おしいほど好きだった。

 

長かった大学受験、私には夢があった。

人を助ける仕事に就きたかったのだ。

その夢を叶えるために、長い事渋谷に住み、夢を追い、そして、夢を諦めた。

渋谷は私が夢を見て、夢を諦めた場所だった。

 

あの街は私に優しかった。いや、誰にでも優しかった。

眠れなかったら、深夜3時、椎名林檎を聴きながらパジャマで道玄坂を歩けばよかったし、suchmosのmireeは自分のための曲だと思えた。

東京タワーが一瞬だけ見える六本木通りの交差点を、東京タワーなんて見慣れたふりをして何度も何度も渡った。

もう二度と夢を見た状態で見れないであろう桜丘町の桜並木、歩いて通った代官山のジム、木橋のドブの匂い、なぜかいつも空いているboschカフェ、

参加してしまったことを後悔する金王八幡宮の夏祭り、beginのライブ、

全てを、体の細胞全部に染み込ませてしまった。

 

「都会を好きになった瞬間、自殺したようなものだよ」

とはよく言ったもので、

私は、渋谷で、

自殺をした。

 

忘れられない出会いがある。

確か、あれは、中学時代の友達との飲み会の帰りだった。

わかりやすく酔っていた私は、深夜2時、わかりやすいナンパに声をかけられた。

 

「ちょっとどっかでもう1杯呑み直そうよ!」

 

スーツを着た30代後半くらいの彼は言った。中年太りによりはち切れそうなお腹が目立った。

 

「ごめんなさい、これからクラブに行くの」

そうだ、私はクラブに行きたかったんだ。言ってから気がついた。

酔ったら踊りたくなる。こんな全くタイプじゃない男に付き合っている暇などない。

 

「お願い、一杯だけ! 会員制のオネエバーがあるんだ。そこに行こうよ!!」

 

男から発せられた「会員制」という言葉に足を止めてしまった。

この東京で、会員制などというオネエバーがあるのか。会員ってどうやってなるんだろう。

無知な20歳そこそこの女子大生だった私は、その得体の知れない響きを持つバーに単純に興味が湧いた。

 

一杯だけ、などという名目は通用しないことはわかっていたが、私はそのままそのバーへ着いて行った。

都会の夜ならなんでも許される気がした。

 

「ヤダァ!!タクちゃん!超久しぶりぃ~いらっしゃぁい!」

 

出迎えてくれたママは男を歓迎した。どうやら1年ぶりくらいの来訪だったらしい。

 

入店して早々、私はママから「あんたはゲバ子ね」とありがたく命名された。

 

タクちゃんとゲバ子とママ。おかしな組み合わせだった。

年齢層も性別も全員違った。

でも、なぜか、居心地は悪くなかった。

 

「タクちゃん、マツリカでいいよね」

 

酒ならなんでも飲めると伝えたら、私もマツリカという名前の焼酎を出された。

茉莉花と書くらしい。ジャスミンの香りがして、水で割ると驚くほど呑みやすかった。

 

「で、あんたはなんでタクちゃんについてきたのよ」

 

そりゃそうだ。若い女子大生が深夜2時に路上ナンパについていく。普通じゃない。

 

「面白いと思ったからです。」

 

私は正直に答えた。

 

「あ、あと私、まだ処女なんで。処女って伝えれば食べられちゃうことはないかなっていう打算がありました。」

 

当時私は本当に処女だった。

 

「え、ゲバ子処女なの?!?!?!」

 

はい。茉莉花を飲み干しながら私は頷いた。

 

タクちゃんとママは初めは信じていない様子だったが、

その頃の私の性的アイデンティティが不安定だったことや、過去のトラウマなどを話したら納得してくれたようだった。

 

 

そのあとはみんな時折自分のことを喋ったり、

他のお客さんのカラオケを聞いたりしながら思い思いに酒を飲んでいた。

 

 

茉莉花だけを飲み続けて早5時間。

 

もう始発はとっくに動き出していた。

間に合わないのは当然だったが大学もきっちり一限から入っていた。

 

「お前は、」

 

黙って飲んでいたタクちゃんが急に言葉を発した。

 

「お前は、自分のことを普通だと思っているだろう?

 みんなそうなんだよ、ここまでは普通だと思って、そうやって生きている」

 

突然何を言い始めたんだ、と思った。

 

「お前、ちょっとずつ、ズレていってるよ。

処女だとか処女じゃないかとか関係ない、LGBTがどうだとか、関係ない。

俺くらいになるとわかるんだよ。お前、少しずつズレていってる。」

 

タクちゃんは続けた

 

ガールズバーやキャバクラで働く子たちもそうだ。

最初は普通の女の子なのに、”このくらいならいいだろう”という安易な気持ちで夜に一歩踏み出す。

その結果、自分の基準が”本当に普通の子たち”よりちょっとズレるんだよ。」

 

突然のタクちゃんの剣幕に戸惑いながらも、

私はガールズバーもキャバクラもやっていない。そう批判した。

 

「そういうことじゃない。お前、なんで俺についてきた? これくらいなら。ついていくぐらいなら、いいだろう。大丈夫だろう。って思っただろ?

俺にはわかる。お前はもうすでにちょっとズレてるんだよ。」

 

 

 

「それが積み重なるとどうなると思う」

 

 

 

何も言えなかった。

窓から差し込んでいる朝日が現実を照らしているような気がした。

 

 

 

 

「気付いた時には、お前は普通の子よりはるかに違う位置にいることになる」

 

 

 

 

あぁ。と思った。

痛いところを突かれた。と。

 

突かれたことがバレないように冷静を保って、

じゃあなんで声をかけてきたんですか、と聞くと、

 

「俺はお前に説教したかった。」

 

と言われた。嘘つけ、最初はただのナンパだったくせに。

と言うと、タクちゃんはハハっと笑って「そろそろいくか」と立ち上がった。

 

 

 

タクちゃん、お元気ですか。

 

あれから私は、道端で誰かに声を掛けられるたびにあなたを思い出します。

あれ以降、誰にもついていっていないけれど、

きっと私は、

あの時の私よりもズレたと思う。

男も覚えました。もう処女じゃなくなっちゃった。

茉莉花よりも美味しいお酒も覚えました。

 

 

 

あれから私は、あの街を歩くとちょっとタクちゃんを探してしまう。

 

別れ際とっさに交換させられたLINEは酔った時にブロック削除してしまった。

 

 

 

もう二度と会えない。だからこそ、絶対に忘れてはならない、と思わされる。

 

 

 

 

 

 

タクちゃん。

たった一晩で、一生記憶に残るようなセリフを、どうも、ありがとう。

 

 

 

 

願わくば、

またいつか、

 

新宿二丁目の、

あの交差点を曲がった、あの角で。

 

 

ー東京の夜の、お説教。ー