雨
雨①
本を読むことが好きだった。
地元の図書館は2週間で一人10冊借りられる事ができて、毎週末になると私は父と母のカードも使って合計30冊も借りていたものだ。きっと1人が3人分のカードを使って本を借りるなんてあまり好ましいことではなかったんだろうけれど、図書館のお姉さんは目をつぶってくれていた。ありがたい話だ。
小学生の頃にハマったのは赤川次郎。あさのあつこ。江戸川乱歩。
ミステリーが好きだった。
将来は探偵になりたいと思っていたくらいミステリーが好きで、同じ本を繰り返し読んでいた。
ある土曜日の夜。一階で夕食の支度をする母と、テレビを見ている父。二階の私は窓を開けて、本を読んでいた。
その時に、ちょうど降り出したのだ。
雨音が心地よく響いていて、
私の手がめくるページの音。
父の笑い声。母の調理。
全てが完璧だった。
あの瞬間、全てが完璧だったことだけは覚えている。
あの時何を読んでいたのかは忘れてしまったし、自分が何歳だったのかも覚えていない。
でも、雨が降るたびに私はあの夜を思い出してしまう。
もう二度と手に入らないからだろうか。
父はもういない。
雨②
二浪目が決まった春だった。
一浪目、なんとかなると思っていたけれど、現実はそこまで甘くなくて、そしてその甘くないということを少しはわかっていたものだから、落ちてもあまりへこまなかった。
あぁ、そういえばへこんだ夜もあった。
書いていて思い出したが、一浪目の時はとある私立医大の2次試験まで進んだ。
方式的に一次試験は倍率200倍というありえない倍率だったが、奇跡的に一次試験を通過した私は、二次試験の倍率3倍で無事落ちた。
もう一年、この渋谷で、次の春を待つことにした。諦めきれなかったのだ。
そもそも、滑り止めもどこも受けていなかったし、行く場所もなかった。
3月であった。
やる気がなくて、ひたすら渋谷を歩いた。
お気に入りだったのは渋谷図書館。
あまり知られていないけれど、あそこは本当にいい。
住んでいた場所から徒歩3分くらいで、夜7時まで開いていた。朝方行くと近所のおじさん達が新聞を広げていて。
私はその時間が何よりもお気に入りだった。
学生でもない、社会人でもない、何者でもない私をなんだか受け入れてくれているような気がした。気がしただけだが。
———唐突にとある本が欲しくなって、街に出た。
囚人と女子高生が文通でやりとりして、成長し合っていくという本だった。
渋谷は都会とはいえど東エリアは住宅街である。
道玄坂の方に行かないと何もなかったし、そもそもまだそんなに渋谷に詳しくなかった私は、片っ端から本屋をgoogle検索し、足を運んだ。
東急本店の7階、マークシティの地下、あおい書店。
今思えばなんであんなに一冊の本を求めてひたすら歩き回ったのかもわからないが、あの時の私にはとにもかくにも時間があった。体力もあった。あと、追い求める気力もあった。
繰り返し再生になっていたiphoneのawaはずっとSchroeder-Headsのnewdaysを流していて、両手がふさがっていたものだから次の曲に変えることもできず、ずっと同じ曲を永遠と聞いて、永遠と歩き続けた。
結局、追い求めた本は最後まで見つけられなかった。
あんなに歩き回ったのに、あんなに頑張ったのに、手に入れることができなかった。
あぁ、私はきっとこの先も、こうやって、何かを必死に追い求めて、そして手に入らないことを繰り返すのだろう。自分はこんなにも頑張ったのに、どうして。という思いを抱えながら生きていくのだろう。東京の物が飽和した中心で、欲しい本一つ手に入れられない私が、この先一体なにを手に入れられるんだろう、と思ってちょっと泣いた。
その日は雨が降っていた。
-雨-
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